「最近の犯罪情勢と暴力団対策について」     奈良警察署長　田中秋男　氏

　私は平成元年から３年間、外務省に出向し、ブラジルの在サンパウロ日本国総領事館で領事として勤務していました。邦人保護が主な仕事で、現地の連邦警察との相互の情報交換の他、ビザの発給などを行っていました。私が着任した頃に入管法が変わり、日本への出稼ぎブームが始まったところで、私の前任者が発給したビザは6000件でしたが、私が１年目に発給したビザは16000件以上にのぼります。ブラジルは日本の国土の23倍です。サンパウロ総領事館の館内は７州あり、日本の国土の４倍強あります。出張はすべて飛行機で行います。私が勤務していた頃、サンパウロでは日々殺人強盗が頻繁に発生していました。１日に殺人は15.5件、強盗は１日に165.8件、金融機関の強盗は１日に17件、誘拐は１日12件です。拳銃の密造や違法銃も膨大な数です。日本では考えられない犯罪体系、犯罪手段があり、車に乗って交差点で信号待ちをしているときにも拳銃を突きつけられたりします。これは一番多い犯罪で、私も二度経験があり、一緒にいた友達がロレックスの時計をひったくられました。日本と違って常に緊張感を持っていなければならず、いつ犯罪に遭ってもおかしくない状況なのです。日本のように道路脇に車を止めて中で寝ているなんて絶対ありません。エンジンをかけていつでもスタートできるような状態にしておきます。歩いているときも、背後に人が来ないような位置をとります。ブラジル人は自分で自己防衛をやるのです。地域でお金を出しあってガードマンを雇って交番みたいなものを作って警戒するなど、自分たちで自分たちを守っています。
　ブラジルは国土が広く資源も豊富にあり、人々もラテン系で非常に明るくて親切ですが、国民の貧富の差がひどく、格差が非常に大きいのです。文盲率も高く、４割の人が字が読めません。まず学校へ行かないのです。日本の国土の23倍もありますからスクールバスが通えないという事情もあります。文盲率が高い中、サンパウロやリオのような大都市に向かえば何か仕事があるだろうという事で色んな人が流入してきますが、そう簡単には生活ができません。結局、そのような人が貧民街に集まるようになり、麻薬、拳銃売買など犯罪の温床になってギャングの出発拠点にもなってしまいます。このように犯罪に対する私たち日本人の感覚とブラジルでの感覚はまったく違います。日本でも最近は非常に犯罪が多いといわれ、奈良でも今年は約3000件発生していますが、その半分が自転車盗等の街頭犯罪と言われます。殺人は２件、重要犯罪は２件しか発生しておりませんし、凶悪犯罪はほとんど検挙しています。
　ブラジルの犯罪事情をお話ししましたが、そこに暮らすブラジル人は本当に前向きです。たくましく明るく生きるブラジル人のことは私も大好きです。たとえば飛行機で出張しても、私がブラジルに住んでいるとわかれば親近感を持ってすぐうち解けてくれるし、友達になってくれます。ご近所では気さくに挨拶してくれます。また仕事の面でも私には現地でたくさんの良い出会いがあり、楽しい行事も多く経験しました。このようにラテン系の非常にいい国なのですが、やはり犯罪に関しては深刻です。警察は犯罪者と撃ち合いをするため、殉職が非常に多いです。人質事件の対処も日本とはまったく違い、確実に犯人を射殺します。人質まで死んでしまうことがありますが、彼らの論理では「犯人を捕まえるためだから仕方がない」「問題ない」ということになるのです。銃社会ですから、銀行にも小銃を持ったガードマンがいます。
　日本でも昨今では犯罪が増え、治安への不安が増大しています。しかし、まだ全国的にも殺人事件は少なく、堂々と生活ができることは幸せであろうと私は思います。今日の話で日本とブラジルとの違いを感じていただき、また防犯への意識を高めていただければ幸いです。